2008年12月28日

【PREMIERE Star】イジェギュ Virus

イジェギュ監督こそ、オーケストラを指揮するマエストロだった。カンマエのように引き立つ音を引き締めながらも、人物一つ一つが出す音を偏らないように整えて調和を成さなければならなかった。イジェギュ監督はカンマエのように撮影場で毒舌を浴びせまくった。


ddgdgdg.jpgシンギジュ(以下、シン) :この間、妻と清平(チョンピョン)Petite Franceに遊びに行った。ぴったり駐車場だけ見物して帰って来た。人がとても多かった。
イジェギュ(以下、イ) :なぜ?
シン:その人波に混じると、私も天下の平凡な人になったようだった。ドラマを見て撮影場に遊びに行く人の話だ。ドラマが人々を狂わせる影響力は本当に驚くべきだ。
イ:視聴率が10%だけでも、統計的に500万人が見たという話だから。
パクウンソン(以下、パク) この間、タクシーで友達と「Beethoven Virus」の話をした事がある。タクシーの運転手が突然割り込んで来たと思ったら、ドラマがとても面白いとおっしゃった。年配の方だったけれど。
イ: 「Beethoven Virus」を初めて作る時は、すべての世代が楽しむことが出来るドラマを作ろうと言った。 結果的には30代と40代の女性の方々がたくさん見た。10代の視聴者たちと30代の男性の方々も一歩遅れて入って来た。しかし、40代と50代の男性の方々はやっぱり「風の国」を見ていた。しかし、後半部には40代と50代の男性の方たちも視聴した。
シン: どうして皆、そのように熱心に見たのだろうか?
イ: 誰が何と言っても良いシナリオだろう。その次は良い演技だ。キムミョンミンさんが本当にカンマエというキャラクターを120%生かし出した。
シン: それでは、監督様はどこへいらっしゃったのか?
イ: (笑) 熱心にはしたが、演出がする仕事というのが隠れていて、話し難い。
シン: ファンジョンミンさんみたいなお話だ。調った食膳に匙だけ置いた?
イ: (笑) 「茶母」と「ファッション70S」と比べると、「Beethoven Virus」は特に、他の方々の功がより一層大きくなったようだ。
シン: 「茶母」の時は映像美の話をたくさんした。「ファッション70S」は完全にブロックバスターだったし。「Beethoven Virus」は演出の立場では「茶母」と「ファッション70S」に比べれば、より少なめに挑戦的だったようだ。
イ: 「Beethoven Virus」は初めからキャラクター劇や状況劇だと思った。演出を新しくするというよりは、キャラクターの魅力をよく生かし出し、状況を面白く表現することが出来れば、人々が一番楽に見られると思った。
シン: シナリオは設計図だ。しかし、その設計図でどんな家を建てるかは結局、演出が決めることだ。
イ: 私と作家たちが初めて想像した「Beethoven Virus」と今の「Beethoven Virus」は違う。私たちが初めに考えたのが赤いリンゴだったら、今はちょっと違う質感と色を持ったリンゴになった。それは撮影して行く過程で変わったのだ。ドラマの特徴のようだ。撮りながら少しずつ状況に合わせて変わって行く。そこにドラマ演出の大きい役目があるようだ。その過程で演出が過ちを選択すれば、台無しにしてしまうようになるから。
シン: その過程でドラマ初盤は、実はちょっと心細かった。初回と二回目の回まで、人物が我を忘れて登場するが、辻褄が合わなくて難解だった。多分、あなたがそれを誰よりよく分かっていたはずだ。
イ: 元々は、そのように人物一人一人にすべてフォーカスを合わせながらドラマを引っ張って行こうと考えた。オーケストラのようにふんだんなドラマを作ろうとした。ところが、初回と二回目の回で、どうしても結果が良くなかった。多くの人々の話を同時多発に進行させながら、彼ら同士、関係や生の旅程を追うというのが、考えている程易しくない。

シン: 元々はオーケストラ交響曲を考えたが、結局、カンマエの導いて行くコンチェルトになったと言うことか?
イ: それでも、大きい差があったのではない。ただ、初盤の経験のせいで、最後まで押し通すことが出来なかった人物たちが何人かいる。チンガビョン先生とハイドンの話は、それさえも最後まで引っ張って行った方だったが、もう少し押し通せばと思った。これはオーケストラの指揮をするのと似ている。アンサンブルとハーモニーを生かさなければならないが、そこにホルンやトランペットでポイントを与えたい欲心もあるのだ。 しかし、一つ音に付いて行けば、ややもするとアンサンブルを台無しにする。人々が聞きたがるのはオーケストラから出る調和された音だから。ところが、またしてみるとカンマエという人物に付いて行きつつあることだ。完全に自己矛盾であることだ。
パク: 周辺では5回分位から集中して見始めたと言う。
イ: 実は5回で大きい公演があるじゃないですか。あまりに公演が早く出てしまったのではないかと言う話があった。実は5回で結局、紆余曲折の挙句に公演をした後は、また他の話だ。
シン: その時からが本当の話だったという話のように聞こえる。5部までの内容を見ながら、視聴者たちはもう人物たちに慣れた。だから、これから本格的にしたい話をすることが出来るようになったのだ。
イ: 「Beethoven Virus」はアウトサイダーたちが世の中で自分の席を見つけ出す話だ。5部まではアウトサイダーたちが何か騒ぎを起こすのだった。 その次はどんな事が起ころうか。アウトサイダーたちの間で内紛が起きたり、葛藤をもたらしたり衝突が起きないだろうか。自分の境遇を知り、何でも有難がった人々が変心をしないだろうか。その中でキャラクターが少しずつ変わって行かないだろうか。
シン: しかし、その人物一人一人をすべて表現するには時間があまりない。
イ: そうだった。本当に時間がとても迫って急だった。撮影時間にも追い回されて、放送時間も短かったし。
シン: 結局、その中で人物を見せようとすれば、ただ一場面と事件で端的に内面を現わすしかない。コントラバス奏者であるパクヒョクグォンのようにね。卵の洗礼に遭いながらも、職場に通わなければならないある瞬間を見せ、妻と子供を見せれば、その人物のキャラクターが定義されるのだ。
イ: そうだ。よりによって、どうしてその瞬間かということだ。その瞬間にその人物が盛られているから。作家の方々とそんな話をたくさんした。これは「LOST」に似ていることだ。漂流する船に多くの人々が乗っている。 極端的が状況になるから、人物たちの性格が現われる。我等はその人物が自分の内面を現わすある状況さえ作ってくれれば良いのだ。

シン: ところで、そんな状況を演出しようとしたが、いつのまにか他方ではカンマエという人物があまりに大きくなっていたということか。
イ: 皆、マエをとても愛するようになった。思ったより、あまりにも多く愛するようになったのだ。それでカンマエという人物を扱う時も、逆に自由ではなくなった。マエをむやみに変わるようにしたり、マエに誰かが挑戦するようにしたり、マエの挫折するのを人々が見たがらなくなったのだ。
シン: 人々は英雄が好きだから。
イ: マエという人物を思いついた時から、マエは愛されるだろうというのが分かっていた。マエは「Beethoven Virus」を成功させた要因だ。しかし、マエにもう少し揺れるようにしたかった。もう少し余裕があったら、人々はマエが揺れるのをもっと大きく感じて見たことだ。ただ、みんなそれを見たがらなかった。
シン: カンマエは「Beethoven Virus」には諸刃の剣だったということか。
イ: 完全に諸刃の剣だった。勿論、カンマエという人物が完全に予想外に作られたのではない。しかし、作る人の立場では、その差がもう少し大きく感じられる。
シン: 一体どうしてカンマエが魅力的なのか?性格は汚く、気難しく、自分のことの他に知らない。
イ: 自分の仕事に対する確信と信念がある人だから。あまりにも徹底的な人じゃないか。我々はそんな人に愛を感じざるを得ない。西洋ドラマの中の「Dr.House」に私たちが魅かれたのも、同じような理由からだろう。
シン: そうでなくても、カンマエを見ながら「Dr.House」が思い浮かんだ。ところが、「Dr.House」のグレゴリー・ハウスはカンマエに比べれば、終始一貫悪いヤツだ。勿論、彼の内面は孤独で暖かいようではある。しかし、演出者は絶対にそれを直接表現しない。反対にカンマには言葉だけ毒毒しくして、実際にする行動は善良だ。トゥルミの手は握らないが、追い出した人々に道を開いてくれる。
イ: 事実「Dr.House」を熱心に見る方ではない。しかし、カンマエにそのようにまで味気なく表現するのはちょっと難しかった。そして、そのようにまでドライにし過ぎないようにもした。「Dr.House」とは違い「Beethoven Virus」は暖かい人々の話だ。感情的な部分をあまり略する必要はなかった。 そのように行けば、多分視聴者たちが嫌がったはずだ。
シン: 本当?
イ: ドラマがいくらドライか、感傷的かというのは、収容者たちの態度にもかかっている。「Dr.House」だけでもかなりドライのようだが、「ER」に比べれば感性的だ。しかし、「Grey's Anatomy」に比べれば落ちる。三つのドラマの中でねどのドラマがより優秀なのかを計算することは難しい。視聴者がどんなものをより好むかの差であるだけだ。「Beethoven Virus」の視聴者たちが観たがったのは、あまりドライなものではなかったのだ。
シン: ドラマは私のような人もPetite Franceへ行くようにする程、通俗的で直接的な媒体だ。 演出をする時、ドラマを見る視聴者たちの感情を気配りするか。ドラマは、見る人をどんな場面で泣かせ、笑わせるようにも出来る。
イ: 演出する時は何より自分の感情に充実にいようと努力する。他のことは考えない。元々演出する時はすっかりハマる方でもあるから。しかし、作ってから、または作る前には私も少し下がって、見る人が何を感じ、感じざることが出来るかと考える。視聴者たちがこの場面でこのようになるだろうと考える。
シン: 実は悲しい音楽を流して、むやみやたらに感情をポンビングすることも出来るのではないか。ドラマ演出は、もしかしたら感情をポンピングしようとする誘惑との闘いのようでもある。
イ: そうだ。ところで、私がかなり多くポンピングしたと感じる場面で、どうしてそのようにしか刺激しなかったか、何故かと言う人もいる。
シン: 「Beethoven Virus」を演出する時、一番難しい点と言えば、やっぱりトーンを調節することだ。カンマエだけでも漫画のような人物だ。ひょっとすれば、ぱっと浮かんでしまうことにもなる。パクチョルミンさんが演じたペヨンギは本当に漫画の中の人物で。
イ: 初めドラマを企てた時から、そのことに長く悩んだ。そして決めてから始めた。 100%がリアルなことなら、120%位の線で行く。リアルな感じよりは、こっそり浮かぶように行く。

シン: それを誤れば、人々がリアリティーを感じる事が出来なくてそっぽを向いてしまう。
イ: 偽話なのに現実的に感じられるようにするのがカギだった。しかし、1回と2回を撮りながら迷ったせいで、そのトーンをまともに持って行くことが出来なかった。惜しいのがルミのキャラクターだ。 ルミという人物は本当に浮いているキャラクターだった。ところが、撮ってみるととても鈍く見えた。それでもうちょっと安定的なキャラクターに変えた。 初めのルミは天方地軸でお騒がせ者だ。すべては彼女の行動から始まる。それを捨てた。今思えば一番後悔している。そんな浮かんだトーンを維持しなければならなかった。トゥルミのキャラクターがそうであってこそ、ドラマが私が思ったトーンで維持され得た。
シン: トゥルミのキャラクターは、初めは明朗漫画で、後になって純情漫画になる。
イ: 実は初めはルミのキャラクターを説明する為に多くの事件を引っぱろうと思った。どうしてルミがオーケストラを作るしかなかったのか。 どうして音楽を諦めることが出来ないのか。フラッシュバックを使えば、人物を少しでもより多く説明することが出来た。実は他の人物たちにはそんな事件を気配りしたが、 ルミにだけ特にそんなヒマがなかった。
パク: トゥルミという人物は結局、カンマエやカンゴヌを通じて見るようになったようだ。トゥルミという完全なキャラクターで見るのではなく。
イ: 話し手になって見るから。本当に初めに考えたトゥルミのキャラクターを直ちにに押さえ付けてしまったことが一番惜しい。
シン: トゥルミが恋に落ちて、そのようになったのではないのか?
イ: (笑) トゥルミの元々のキャラクターを維持しながらも恋に落ちることが出来た。
シン: メロラインに対しては批判も多かった。分かてる?それにキムミョンミンという俳優が恋に落ちるというのは少しぎこちない。
イ: 実はメロラインを初めから作らないかもしれなかった。ところが、このドラマがしようとすることが人が生きることだから。「Beethoven Virus」はそれぞれの人物たちが、自分の道から脱し、新しい私を見つける話だ。カンマエには何よりそれが愛だった。

シン:「Beethoven Virus」がメロに陥る時は興味が多少落ちた。丘の上の大きい木の下で男女が会い、何それするというのは、あまりに面映ゆくないか。クリシェ(cliché…常套句)だ。そうするうちにカンマエがまたトゥルミが送った花を踏み付けながら、私の音楽が変わったと言う時、もうやっとまともに行くなと思った。
イ: クリシェだ。実は花を踏んでからがもっと悩みだった。人々はもうカンマエにハマっていた。もうカンマエが愛の為にダメになり、自分を失わなければならないのに、そうしてはいけない状況になったのだ。視聴者たちは元々、自分たちが見いものを見ようとする地点がある。私としてはその期待を満たしながらも、また覚めなければならないが、それを整理し難かった。そして甚だしくは、作家の方々と私の考えも違った。 作家の方々は花を踏んでからカンマエが結局、自分の席を見つけて成長したと考える。個人的に私は反対だ。カンマエはもう壊れたのだ。避けることが出来ない道に立ち入った。自分の音楽を忘れてしまったのだ。 私はカンマエをそのように理解しているが、視聴者たちはまた違うように考える。カンマエが音楽的により一層成熟したことでドラマが描いておいた部分もあるから。
シン: 結局、カンマエはミュンヘン・オーケストラに行くのではないか。ハッピーエンディングだろう。 その後に来るという長い幸せに。
イ: 実は私は花を踏む瞬間からもう崩れたと考えた。実は、時間がもっとあって悩みを加えることが出来たら、作家の方々ともっと長く論争をした。もしかしたら崩れるカンマエを見せることが出来たかもしれない。しかし、そうするにはカンマエはあまりにも多い愛を受けていた。
シン: 一体どうしてBeethoven 9番なのか?
イ: 実は私は音楽がよく分からない。クラシックはもっと分からない。作家の方々が選んだが、「歓喜の歌」がその時代にはすごく挑戦的な曲だったそうだ。 一時代から次の時代に移る曲だったし。何より「Beethoven Virus」の人物たちのように絶望から希望を見つける歌の為に選んだ。ルミが自殺をしようと思った時、水中で弦楽 4重奏を見るじゃないか。水中は息をすることが出来ない死んだ空間だが、同時にお母さんのお腹の中のように、一番こぢんまりして楽な空間だ。その中でルミは絶望と希望を全て見るのだ。Beethovenが耳が聞こえないまま書いたという9番交響曲は、言葉ではそんな感じがあると感じた。勿論、このドラマではBeethovenの曲を必ず使わなければならなかった。
シン、パク: (純粋に) 何故?
イ: タイトルが 「Beethoven Virus」じゃないですか。

シン: 音楽がもうちょっと出ると良かった。音楽が主人公と言うよりは、台詞と毒舌が主人公であるドラマになった。
イ: 音楽はかなり出ていると思う。ただ、今のように40秒や 50秒位ではなく1、2分以上ずつ出ればと思った。人々が音楽を感じようとすれば、最小限ある程度時間は超えなければならない。それが満たす事が出来なくて常に惜しかった。
シン: 「のだめカンタービレ」を見れば「ラフマニノフピアノ協奏曲 2番」が、主人公である千秋とのだめを繋ぐ音楽的なテーマの役目を果たす。「Beethoven Virus」 には、それほどの曲がない。音楽ドラマなのにという話だ。<プレミア>のある筆者は代わりに「Beethoven Virus」には台詞や毒舌が多いという批評を書いた。
イ:私は反対だ。私は「Beethoven Virus」でも音楽が大きい役目をしたと思う。例えば、''nella fantasia''だけ見ても、オーケストラ団員がカンマエに心を開くようにするきっかけになった音楽だ。 「のだめカンタービレ」では、千秋とのだめの関係が中心だったから、そのように音楽を繰り返し的に使うのが可能だった。一方、「Beethoven Virus」では多くの人が多くの関係を結ぶ。それで多くの音楽が多様に使われた。ただ、その音楽が視聴者たちに刻印されることが出来ない程、あまりに短く登場したことが惜しい。気持ちでは何分かずつ使いたかったが、1分から2分が精一杯だった。10回頃にベートーベン 9番 ''合唱''が使われたのも、実はその場面はスジェミンが登場して、いろいろ新派的なのに、それを音楽が相殺させてくれる。それは本当に音楽の力だとしか説明出来ない。
シン:「Beethoven Virus」の団員は音楽に狂った。どうして狂ったのか?あなたは、ドラマを撮る時には、ほとんど狂った人みたいだ。特集放送を見たら、撮影の追い込みにはヒゲまで伸ばしていた。あなたはどうしてそれ程に狂うのか?
イ:本当に度が過ぎていたいから。その人々も音楽が切実だから。音楽をしなければならない事情に対して一番軽く扱われたルミさえ、本当に切実だ。勿論、「Beethoven Virus」はそれをもう少し戯画化して、不十分に深刻に描いた。しかし切実なのは事実だ. 私にもドラマは切実だ。必ずしなければならない。
シン:しかし、ドラマがまともに評価を受けることが出来ないのが常に不満ではないか。ドラマ評がないと常にざんねんだった。あなたにはそんなに切実なドラマなのに。
イ:ドラマでは常に俳優と監督と作家が意図しない地点がある。本能的に動く瞬間がある。しかし、それも創造の過程で結果物だ。誰かが、そこにでもある意味を見つけ出してくれればいいが、そのようなことはない。
シン:ドラマの演出家は撮影現場で絶えず自分の欲心を捨てなければならない人だ。このように、と思って来ても、現実に合わせて何を諦めるか早く判断しなければならない。また何を探して食べるのかを決めなければならない。あなたは欲心が多い監督だ。常に辛くあるしかない。
イ:先輩たちから聞いた話しだ。諦め方を学ばなければならない。しかし、人というのは、ずる賢い動物だ。放棄に慣れれば、どんなことは諦めてしないという計算が早くなる。コンピューターと人間が違うのは、等しい計算をさせれば、コンピューターは同じ時間がかかるが、人間は早くなるということだ。私はそうしないようにする。適応してしまえば、早く計算して判断して諦める。この状況で私が固執すれば、どのように避けて来るのかが明らかだが、それを固執するのがいい。 それなのに私は、常にまったく同じ時間を投資しようと思う。諦めるにも同じように時間を使おうと思う。しきりに慣れればマンネリズムに陥るから。
シン:諦めず、妥協しないというのがカンマエだ。
イ:カンマエも同じだ。自分の考える原則がある。しかし、「Beethoven Virus」だけ見ても、本当に絶え間なく横から上から、そして下から攻撃が入って来る。そして諦めるようになる。しかし、諦めてもかなり抵抗する。
シン:撮影場でカンマエのように振舞う時があるか?
イ:本当に毒舌を浴びせる時がある。いつだったか。撮影場でスタッフたちが、私の後で重要な話をしていた。ところが、私は演出に集中する為に神経が鋭くなっていた。私がまさに罵り、出て騷げと言った。多分、酷く傷を負っただろう。
シン:カンマエの特徴をよく毒舌だと言うが、 彼は自分が願うことの為には極端的にエゴイスチックになることが出来る人だ。自分が願うことの為に、自分だけを眺めることが出来るか。それがカンマエが投げる質問なのだろう。
イ:自分が行かなければならない道、自分が願うことの為に自分のみを眺める人がカンマエだ。ドラマに登場したカンマエの過去の中で、愛した女を去って送る場面がある。 作家たちは実は、その場面が不必要だと反対した。女と別れて雨に降られながら倒れ、子犬トベンに会う場面だった。すべては出ていないが、そこで女がカンマエにこう言う。 "あなたが私を愛していると思った。" カンマエが言う。 "そうは言った事はない。" その瞬間は、言葉でカンマエを端的に見せる場面だ。カンマエは自分を保護しなければならない。鉄瓮城を積んで、その中に入り、自分だけを眺めると音楽が生まれる。

シン:カンマエに対するフラッシュ・バックがいくつか出て来る。幼い時にビニールハウスで暮らした時代も出て来て。
イ:アメリカドラマ「DEXTER」を見れば、彼が殺人魔になるしかなかった理由が断想のように登場する。 かなり効果的にフラッシュ・バックを使った場合だ。
シン:実はフラッシュ・バックをあまりよく使うと、ドラマが田舍臭くなる。危険だ。
イ:そのとおりだ。とても危ない。しかし、カンマエの事情はたくさん気になるから。もしもの話だ。「Beethoven Virus」のシーズン2があるならば、それはこれからのカンマエに対する話も可能だが、それ以前のカングマを描いたら面白いようだ。今のカンマエが出るまでの話だ。
シン・パク:シーズン2は作るか?
イ: (笑) 「Beethoven Virus」以後にカンマエがどうなり、カンゴヌがどうなってというより、それ以前のカンマエが知りたくはないか?
シン:その時、中学生のカンゴヌがカンマエの前に現われて音楽は四角だ。こう訊ねて?
イ:私はカンマエとカンゴヌの関係はフロイドとユングの関係だと思う。ユングは師匠フロイドの理論を尊重し、信じることから始めたが、結局違う道に行くしかなかったのではないか。ただユングが何十年の間に感じたみとをゴヌが早く感じたのだろう。人々はゴヌがカンマエに立ち向かって行くのを生意気だという。しかしカンマエはには天才というのがあり得るのか、天才ではない者が、努力でどの位それに追い付くことが出来るのか、こういうことを悩めばねカンゴヌは楽しい音楽を悩む。二人の葛藤はもう少し深くよく見る隅がある。
シン:もう少し深く扱ってみたい主題はあったが、「Beethoven Virus」はそのようにまで深く入って行くことが出来なかったという惜しさがあるようだ。事実、とても深く行けば、パクウンソン記者はつまらながったことだ。(笑)
パク:何故、そうなの。 (笑)

進行: シンギジュ、パクウンソン記者
写真: パクジンジュ

[elle.co.kr]
posted by rika1999 at 22:32| ■TOPICS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月11日

【PREMIERE Star】イジェギュ

「茶母」と「ファッション70s」を作った。
今年7月の放送を目標に、「Beethoven Virus」を準備している。
:: イジェギュPD、「茶母」「ファッション70s」「Beethoven Virus」

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どうしてドラマの生命力が短いのか。
まず、評論家不在のせいだ。ドラマを正面から批評する評論家が絶対的に不足だ。そうして見ると、人々の頭の中からも即座に消え失せる。しかし、ドラマの大衆的な影響力は映画を飛び超える。ドラマで視聴率20%なら、映画を1000万人が見たのと同じだ。 破壊力が途方もない。

その破壊力の為に、ドラマの内容と表現で遥かに普遍妥当な地点もある。
その通りだ。ドラマでは遥かに大衆的でなければならないという強迫みたいなものがある。「茶母」だけでも、こんなふうな表現の数々を人々が受け入れるのかを、まず悩まなければならなかった。普遍的でなければ、ひとまず壁にぶつかり易い。そうしてみると、ドラマの内容と表現がのっぺりしてしまい易い。作る人自らが検閲をするようになるからだ。しかし、ドラマはシリーズという形式を通じて、そんな限界を突破することが可能だ。

シリーズ?
2・3ヶ月かけ、多くのエピソードを通じてストーリーを展開させながら、人物の性格をあべこべにしておいたり、視聴者の反応によって表現の水位を調節したり、ストーリーの緩急を調節することも可能だ。もう少し千変万化だ。実は私も、ドラマだけの魅力を感じるようになってから、いくらも経っていない。

作ってから馴染んだ場合か?
「茶母」を作りながらも、ドラマで何を、どう表現することが出来るか自信がなかった。よく「茶母」がドラマのジャンルで革新的だったと言われる。しかし、私がそれをやり遂げることが出来ると信じたことは一度もない。「茶母」は多くのPDと俳優たちを経て、私に与えられた企画だった。私はその時まで、長編ドラマを演出した事がない新入りPDだったし。その時、家内がこう言った。これは、火に飛び込む蛾と同じだ。上手くいってもいかなくても、問題が多いだろう。 でも、不思議なことに私は恐ろしくない。してみよう。そして、どうせ火に飛び込むなら、慣れたことよりは新しいことをしよう。

そしてMBCを出た。
「茶母」を終わらせ、ドラマに対する信頼が生まれた。私が願う、美学的にも商業的にも、ある価値を追い求めることが出来る媒体という気がした。実は今も、ドラマジャンルに対する考えは行き来している。しかし、ドラマがシリーズという点で遥かに躍動的であるということを肌で感じた後には、不安が遥かに減った。そして他の理由は、MBCを出る頃に、ある文を読んだ。人間は元々野性の動物だ。人は人間臭くなろうとすれば、野性を取り戻さなければならない。外部プロダクションのスカウトオファーを受け、実は断るつもりで行きながら、その文を読んで心を変えた。

それで野性を取り戻したか?
否。更に顔色を伺い、もっと草食動物になった。出てみるともっと辛い。ドラマ制作社は生存をしなければならない。生存を念頭に置かなければならないというのが、組職中で揉まれるよりもっと難しい。ドラマを作るのにもっと良い条件だと断定することは出来ない。

「理髪師」という作品を準備していたのではないか。
6ヶ月準備した後、諦めた。2ヶ月間、亜洲大学病院で宿食しながら医師たちの話を見聞きしたが、上手くよく解けなかった。「恐怖の外人球団」や「アルマゲドン」のように様々な弱点を持った医師たちが集まって病院の門を開く。しかし、この病院には患者がただ一人だけだ。その一人が完治するまで面倒を看る。ベールに包まれた資本家が、その病院を後援する。 個人的な事情の為だ。こういうストーリーだった。ちょっとファンタジーだ。

それで?
カンプル作家の「タイミング」をドラマで作ってみようと思った。しかし、その話一つだけでは上手く解けず、私が元々持っていた魚人間に関する話と合わせた。ところが、また話が上手く解けなかった。それで今回準備しているのが、クラシックのオーケストラに関する話だ。

「Beethoven Virus」?
音楽から捨てられたとか、自ら音楽を捨てた人々が集まってオーケストラをするようになる。16歳の子供から70歳のお爺さんまで集まるようになる。そこに冷笑的なコンダクターが一人登場する。悪いコンダクターが多くの人々と一体となりながら、一つのオーケストラになる。大まかに出たのはここまでだ。

キャスティングはどうなったか。
まだスタートしたばかりだ。シナリオは全16話中、4話程書いた。

「泰陵選手村」と「オーバー・ザ・レインボー」を書いたホンジナ、ホンジャラム姉妹作家がシナリオを書くと聞いた。
お二人は「黎明(夜明け)」を書いたホンソンウク先生の娘だ。「Beethoven Virus」の放映日程が、元々の10月から7月に動かされて、それが心配だ。その日程に合わせようとすれば、今からでもギリギリだ。

メロもあるか?
やっぱり強いメロは排除したい。しかし、視聴率を考えると、メロを完全に排除して行くことは出来ない。ドラマは感情過剰になるのが常だ。ドライには行き難い。毎瞬間、視聴者を意識しなければならないからだ。 韓国のTV視聴者たちは大変感情的だ。「無間道」と「The Departed」を見れば、完成度ではMartin Scorseseの「The Departed」が先立つが、人々は「無間道」をより好む。遥かに激情的だから。

結局、「ファッション 70s」でも「茶母」でも、視聴者たちの関心は最後の段階には誰が誰を選択するのかに傾いた。
「茶母」は計算してみると、メロではなかった。2人の男の価値観が衝突し、その中に1人の女が置かれている構図だった。遥かに社会性が濃かった。大変名残惜しかった。 私が見せたいことを見られなかった。しかし、時間が経ってから、人々がどれ程ドラマでメロを見つけ慣れているのかが感じられた。

ドラマは世俗的な映像ジャンルだ。愛、対決、家族、こういう素材が食が進む。
でも、私はメロが好きではない。上手くやる自信もない。

視聴者たちがドラマを消費する方式は変わっていないか。「茶母」嬖人のように嬖人が登場した。
この頃は、ドラマを見る時も、家で灯りを消し、映画を見るように見るという人々が多い。家で接するスクリーンもずっと大きくなった。以前、「X-files」でモルダーとスカリーが一緒に寝たのか寝なかったのかという論争をしたように、人々が韓国ドラマを見た後に想像をするようになったというのも新しい変化だ。「白い巨搭」でドラマジャンルに対する新しい可能性を見た。

相変らずドラマジャンルに対して悩みが多いようだ。
Marshall McLuhanがそうだった。TVはクールなメディアだ。人々はTVに沒入しない。 果物を食べながらも見る。しかし、もうTVもホットなメディアになったようだ。私が悩んだのは、ドラマが終われば一瞬で消費されて消えるというのは常に惜しい。それが、文でにも何にも残らないということも切ない。それでも、ドラマは確かに熱くなっている。

*詳しい内容は「Premiere」39号で確認して下さい。
http://premiere.elle.co.kr/

文: シンギジュ記者
写真: ウジョンフン・キムジェチョル

[ELLE]
http://www.elle.co.kr/people/PeopleView.html?AI_IDX=3129
posted by rika1999 at 08:11| ■TOPICS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

「茶母」で花が咲いた実験精神、「ファッション70s」で消え失せる

[スターはいない 5] スターPD(3) イジェギュ - あまりに早く‘金の味’を知ってしまった、あまりに早く ‘システム’に手懐いた

私も痛かった。
従事官ファンボユンとチェオクが互いの傷を撫でる時、周囲は彼らの一言プロポーズを聞く為に、固唾を呑んだ。彼女を愛して以後、一日も深く眠ることが出来なかったファンボユンが、いよいよチェオクの腕の中で ‘深い眠り’についた時、ドラマ「茶母」は伝説になった。愛によって他の愛を切らなければならなかった悽絶な3人の運命は、視聴者の‘心臓を抉ってしまった’。

イジェギュの演出デビュー作だった2003年のMBCドラマ「茶母」(シナノオ/チョンヒョンス)は、そのように終わっても終わらないドラマとして嬖人現象を駆って来た。

史劇にも‘嬖人’が出来得るという事実を「茶母」以前は、まだ分からなかった。インターネットとケーブルへと去ってしまったと思った新世代の視聴者たちが帰って来た。奇現象だった。同時代の若い視聴者たちがこのドラマの一場面一言から目と耳を放すことが出来なかった。映像世代を捉える新しい演出者の誕生だった。

「茶母」、慌惚な実験精神

「茶母」は悲劇の精髄を見せてくれた。同じ空の下、共存することが出来ない3人ファンボユン(イソジン)-チャンソンベク(キムミンジュン)-チャンチェオク(ハジウォン)の出会いと行き違いは、‘運命的愛’ そのものだった。ソンベクとチェオクが別れた兄妹という出生の秘密が主要プロットだったが、全く常套的ではなかった。出生の秘密と三角関係は、適材適所で悲劇の深みを加えた。

5e4f2bacf43159eb467a13498e99b21d.jpg「茶母」制作陣が史劇の形態を借りたのは、実際一番劇的で運命的なラブストーリーをちゃんと解く為のように見えた。これ以上‘運命’が互いを引き離し憎くなったラブストーリーで、劇的なメロドラマを作ることは実に難しくなった現代を背景にしない理由だ。同世代の感受性に朝鮮時代の服を着せた‘フュージョン史劇’「茶母」の選択は卓越だった。

両班の庶子として生まれた従事官ファンボユン、叛軍の頭領チャンソンベク、この2人共を愛する女刑事(茶母) チェオク。彼ら3人が出会う場面は、互いの運命が衝突する地点だった。通常のメロドラマではなかった。会えば黒くぶつかり、血が飛び散った。その愛は血を要求する愛だった。誰かが血を流してこそ維持される愛だった。誰かが命をかければこそ成り立つ愛だった。生きては決して成すことが出来ない縁だった。

愛する女人に愛を告白する瞬間さえ、空中で剣同士をぶつける雨の中の対連場面だった。‘従事官ナウリ’が愛されることは、それで慌惚な苦痛だった。ファンボユンとチェオクが互いにし得ることは、ただ生き残ることだけだった。生き残るように恐ろしく鍛錬させることだけだった。 彼らは愛するのに死に物狂いで、互いの首を狙った。 空中で刀のぶつかる音だけが聞こえる沈黙は、しかし心臓の音よりもっと騷騷しかった。息が詰まった。 かつて、こんなラブシーンはなかった。このように激しい愛の告白はなかった。

台詞は大部分1行だった。いや、一行もとても長かった。愛も悲しみも、述語一言で終わってしまうのが常だった。チャンソンベクの本拠に入って行こうとするチェオクを、突然抱きしめながらも、“行け”と言うしかないファンボユンの反語法、それが「茶母」の話法だった。短縮語がもっと多い感情を伝達した。節制された台詞は、断末魔の悲鳴と溜息だけでも、山のような愛を伝達するのに成功した。

チョンヒョンス作家は台詞が即ち‘アクション’というのを知っていた。言わないことで、もっと多い言葉を吐き出す方法を知っていた。演出は場面と符合しない、そのすべての手写は蛇足なのを知っていた。彼らはよどみなかった。不必要なことは敢然と取り除いた。「茶母」は、初場面から最後の場面までこぎれいだった。 プロットは単純だったが精巧だった。最後まで緊張感が生きていた。3人の主人公の愛は、それで希代のラブストーリーになった。と、言えども「茶母」は官軍で死んだ兵士たちの姿までも憐愍に扱った。 カメラは世の中を丸ごと盛ってしまうことが出来なくて息苦しがった。ブラウン管をかき分けることが出来なくて揺れた。

「茶母」の成功は以後、‘フュージョン史劇’だけが成功するという公式ではない公式を作り出し、幾多の亜流作を量産させた。演出者イジェギュと作家チョンヒョンスが自分たちの名を賭けて作った初作品「茶母」は、そのように史劇の流れまで置き変えた。チャンソンベク(キムミンジュン)の最後の台詞は現実になった。“私が死ねば、人々が道を作るのだ”と語った彼の壮語通り、新しい‘道’、新しいジャンルの出現だった。

映像世代の威力を見せた「茶母」

俳優たちは勿論、作家と演出皆「茶母」終映以後は、これ以上‘新人’ではなかった。デビュー作が直ちにスター級に繋がったのだ。イジェギュPDはドラマ界のスターに浮び上がった。1996年にMBCに入社し、日々劇「ポゴトポゴ」「クッキ」「アジュムマ」のアシスタントディレクターを経たイジェギュPDは、「茶母」でドラマ演出者の世代交代を予告した。ドラマ関係者たちは彼を‘不十分に熟したリンゴ’と評価しながらも、彼の歩みに注目しなければならなかった。単純に青二才のアクション活劇程度で心に刻んでおくことが出来なかった。彼は映像で思考することが出来た。彼のドラマが持った‘魔力’の秘密だった。 爆発的な反応は、もしかしたら当たり前だった。イジェギュは視聴者たちが喉が乾くように待った、正しくそれを持って現われたからだ。

‘茶母嬖人(廢人)’シンドロームは、国内で新しい文化現象として広まり、「茶母」は海外でまで好評を博し、2004年にシンガポールで開催された第9回「アジアTV賞」でドラマ部門最優秀作品賞を受賞したりもした。映像文法こそ新世代の新しい万国公用語であることを再確認させたわけだ。ドラマ制作者たちがそのように、切なく渇求する魔法の注文 ― 同世代との共感を引っ張り出すコードをイジェギュは、もう悟ったように見えた。

‘嬖人’らが果てしなく「茶母」の名場面と名台詞を回して見る間、彼の後続作ではなく辞職の消息が聞こえて来た。イジェギュPDは2004年4月、「ベスト劇場〜少林寺にはお兄さんが住む」 (シナリオ/チョンヒョンス)を最後にMBCを去る。以後、キムジョンハクプロダクション所属のPDになったイジェギュは、2004年5月、 SBS24部作HDドラマ「ファッション70s」(シナリオ/チョンソンヒ)を披露した。

「ファッション70s」、失敗する自由を封鎖された‘システム’の組合せ

d87e1c2e5049f03b8d596251b03f98a2.jpg「ファッション70s」が放映された初日、‘嬖人'たちは演出者の名前を再び確認しなければならなかった。確実に彼が作ったのか?信じられなかった。血が飛び、肉が取られるラブストーリーを、身の毛がよだつように美しく表現したイジェギュPDは消え失せていた。精巧にプロットを組み、果敢にカメラを回したその‘実験’が消えたのだ。

2番目の作品「ファッション70s」でイジェギュの演出は完璧に変わっていた。誰より安定して粹なトーンで映像を合わせた。確かに映像を作る色は老練されていた。苦心の跡が見えた。しかし、演出がHD級カメラを恐れて緊張する小さなキズがありありと見えた。‘失敗’出来ないという心忙しさが、画面全体を支配していた。

「ファッション70s」はその過程や結末によって、とても慣れたドラマで終わってしまってしまった。 筋書やエピソード、キャラクターどれ一つとして食傷しないものがなかった。韓国人には、あまりにも慣れた設定に慣れたエピソードに慣れた話法が毎回続いた。‘後先になった子供’と‘初恋’という、チョンソンヒ作家がもう何度も書いて来たお決まりの筋書も魅力がないのは同じだった。朝鮮戦争直後のファッション変遷史という派手な目の保養を期待したが、それは仄めかすだけになってしまった。

時代劇「ファッション70s」に ‘ファッション’はなかった。あるのはただ、後先になった子供と後先になった運命、私の娘を貴婦人に作ろうとするオミ(ソンオクスク)の執着と悪魔的な母性愛だけだった。ソンオクスクは、この方向を喪失したドラマの‘柱’ の役目を引き取って、最後の回まで悪役を専担した。

筋書は毎回少しずつ修正され、ファッションに対する部分はますますもっと減った。 口だけで服を作ってファッションを詠じまくった。こまごましい個人事と過去の秘密だけが、思いきり繰り返され、‘ファッション’は陷沒されてしまった。甚だしくはファッションを標榜したドラマが、服を直接デザインして製作しない飛ばし製作が続いた。2005年に販売されている服が堂堂とドラマの小物として登場した。

イジェギュの映像美、アマチュアリズムの勝利か?

重要なことは「ファッション70s」に対して、誰も‘演出力’を論じなくなったという変化だった。24部作が放映されるうちに、関連記事は皆視聴率数値を伝える内容だけだった。スターPDの真価は、ただ視聴率の数字にだけ評価を受けるのが至上というSBSの慣行だった。ドラマ「ファッション70s」は終映が近付く程に満身創痍になって行った。しきりに新しいエピソードが追加された。新しさというのはなかった。どこかでたくさん見て来た古臭い設定の数々と、見なくても幾列にも諳んじられるお決まりの台詞の数々、そしてどんな意味もなしに主人公の顔だけクローズアップする‘平面’が繋がった。

「茶母」はもしかしたら、‘アマチュアリズム’の夢のような勝利だったのかもしれない。失敗する自由と度胸を持った者の蛮勇であったのかもしれない。2番目の作品で完全に固有性とアイデンティティを忘れてしまったイジェギュの演出は、失敗する機会を遮断された‘システム’の現実を現わした。

彼はまるで「茶母」でチャンソンベクがチェオクにした要請のように“過ぎた事は皆忘れて”捨てたようだった。そうだった。視聴率が唯一の定規になる状況で‘真剣勝負’は立つ席がなかった。“お前は自分の剣に、いくら自信があるのか?”と問ったファンボユンの意気、‘空’も切り取ってしまうというチャンソンベクの悲壮さえ、視聴率グラフの前では伸び伸びとすることは出来なかった。‘市場’では残る程度のみすれば良かった。他人が行った道を、また踏めば良かった。 どうしても、2桁の数字以上に体面の繕いをするのが重要だった。

彼が2番目で選んだ職場こそ、殺戮の戦地だった。生き残るのが何より重要だった。そうではなければ ‘次’がないからだ。

キムウォン文化評論家

[dailyseop]2007-11-16 11:04:00
http://www.dailyseop.com/section/article_view.aspx?at_id=67490

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2006年11月15日

'隠れたドラマ探し' 受賞作発表

イエローフィルム(代表オミノ)とシネ21のTVウェブジン、マガジンtが共同開催したドラマシナリオ公募展 '隠れたドラマ探し'でチョンウンジョンさんの「桃李花歌」とチェイランさんの「パーフェクトマッチ」が長編劇部門の共同優秀賞を受ける。

一幕物部門大賞にはオボヒョンさんの「ヒョンヨンダン日記」が選ばれ、長編佳作にはムンドヒョンさんの「The Reason」など3編が、一幕物佳作にはパクヘジョンさんの「あるスパイの最後の一週間」が選定された。

16部作長編と70分分量の一幕物部門とに分けて進行された今回の公募展には、総800編に達する作品が応募され、「花より美しい」のノヒギョン作家と「茶母」のイジェギュ PD、「恋愛時代」のハンジスン監督らが審査委員として参加した。

授賞式は17日、ソウル麻浦区孔徳洞ハンギョレ新聞社で開かれる。

ペクナリ記者nari@yna.co.kr

[ソウル=連合ニュース]2006/11/15 14:27

■隠れたドラマ探し
[magazinet]
http://www.magazinet.co.kr/Articles/article_cover.php?mm=012001001
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2006年11月11日

【我が人生のドラマ】「白い巨塔」/イジェギュ

不惑の入り口で疾風怒涛の時期に私を送り返したドラマ

「白い巨搭」日本・フジTV・2003〜2004年


S0000021_drama_1011_01[W555-].jpg多分、その日も限りない怠惰の沼に陥り、彷徨っていたようだ。事務室の机に座り、空想の翼をサーッと広げ、あらゆるがらくたサイトをすべて歩き回ったところだったと思う。十何時間そうしていると、眠気が襲って来て、いつまでもうんざりするとは思わなかった ‘怠惰な時間’がうんざりするように感じられると… 突然不安感が襲撃して来た。時計は0時になっていたが、準備するドラマの為にその日一日、何もしていなかった。 窮屈になった。すべきことをきちんと書いておいたメモ帳を、訳もなく開いたり折ったり繰り返してから、読もうと積んであったシナリオと台本を開いておいてショーをして、結局、「そうだ! ドラマ一つでも見て、家に帰ろう。」と、一ヶ月前からリストを作っておいた医学ドラマの中から一つを見る事にした。

長考の挙句、明手を置く

参照で言うなら、あの時私は医学関連ドラマを準備しており、絶対守ることは出来ないが、私の必読感想リストには「Grey's Anatomy」「総合病院」「ER」「救命病棟 24時」「House」「Dr.コトー診療所」「Nip/Tuck」「ハンドク」「白い巨搭」「Scrubs」「Medical Investigation」「医龍」「ブラックジャックによろしく」等々がバラエティに網羅されていた。長考の挙句、その中でまともにうんざりするような「白い巨搭」という日本ドラマを選んだ。益体ない仕事で一日を飛ばしてしまった償いをする意味で。しかしその日私は、陽がまた昇る時まで、家に帰ることが出来なかった。 そして翌日、目を開いて以後、私の人生が少し変わってしまった。

山崎豊子という記者出身の日本の作家が69年に筆を執った「白い巨搭」は、フジTV 開国 45周年ドラマとして制作され、2003年末から2004年初めまで、2期にわたって放送された。MBCがドラマ「東医宝監」を「許浚」として再び作って、より大きい反響を起こしたように、「白い巨搭」もまた、1978年に31部作で放送した作品をリメイクし、21部作で再び作ったのだ。準備中のドラマの為にお会いしたパクギヒョン・アジア医療院長のお話によれば、原作小説「白い巨搭」は、今日の大学病院の現職老教授たちが青年時代に読んで惚れ込んだ本だそうだ。問題の作品は、組職社会の不健全な力学構図とその矛盾に対して話している。そして小説が発表された当時、日本の社会が悩んだその矛盾は、40年が過ぎる現在まで、日本と我がの生の中に癌のように広がっている。 日本は診断を早く受けて坑癌治療を今もなお受けるというが、私たちはまだまともに診断一度も受けなかったようだ。 これは話になるか?毎月出す健康保険料がいくらになるか…。シ〜ッ

ぼんやりと夜を明かすようにしたドラマ

とにかく、演出者として「白い巨搭」は死ぬ前に一度作ることさえ出来たら、今すぐ死んでも心残りがなさそうなドラマだった。 愛よりは生と日常に比重を置いたドラマだったし、 我々のドラマでは夢にも見られないが、キャラクター的反主人公がツルギー(turgie/創作技法)的主人公になるドラマであるからか、善と悪に対する比較を絶えずしており、 緊張と気だるさを絶妙に混ぜ合わせた構成だった。それに、以前まであまり注目されることが出来なかった俳優たちが渾身の演技を繰り広げていたし、今日の我々のドラマでミジャンセン(舞台の上での登場人物の配置や役目、舞台装置、照明などに関する総体的な計画)というのは探して見難いが、一体この演出者はビデオ・オーディオ的ミジャンセンを絶えず試み、永遠なBest Selling素材という医療、法廷、捜査三種の中から二つを絶妙に結合しており、 ほとんど全てのキャラクターが、21世紀の韓国の病院、あるいは家の前の路頭で会える人々のようだったからだ。 それでその日私は、アレ、アレ〜と言って、うっかり夜を明かしてしまった。

あぁ〜そのまま楽に生き、死ぬように放っておくだろう

私は、財前五郎だろうか、里見脩二だろうか? 私の生の姿は甚だしく中途半端なちゃんぽんだった。どちらか一方に手を挙げることが出来ないのと同じだった。それに私は、その人々みたいな英雄的な生を生きることも出来ない。どのように生きて行かなければならないのか?私の妻はどういう考えで、私をどのように眺めているのか?私の父は?私の舅は? 最後まで私を信じてくれ、愛してくれると信じるうちの母は?そして私の子供達は…?ドラマを見る人の立場で、このようにいろいろな考えが入ったドラマは初めてだ。それで、その日以後、私は頭の中が複雑になり、人生が違ったように見え始めてしまった。

出世欲と野望の持ち主財前が夢見る生と、患者を治癒することだけに全力を尽くす里見が夢見る生にどのような差があるのか、財前が成したことと里見が成したことに、どのような差があるのかどうかを何度もじっくり考えてみると、私も私たちが眺めて残さなければならないことが何なのか、もう一度考えるようになるようだ。あぁ〜そのまま楽に生き、死ぬように放っておくだろう、不惑が目の前に見えるのに、どうして疾風怒涛の時期に、再び私を投げてしまったのか…。
「白い巨搭」が悔しい。
S0000025_drama_1011_02[W555-].jpg


[magazinet]2006-10-11 11:03
http://www.magazinet.co.kr/Articles/article_view.php?article_id=41918&page=2&mm=013001005
posted by rika1999 at 17:41| ■TOPICS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

誰が韓国の放送を動かすか〜‘韓国の放送を動かす一番影響力のある TV 30人〜より

25位 新しい感覚、新しいドラマの出現
-イジェギュ、キムジョンハクプロダクション監督


“ドラマの若い血”“新世代演出の先頭走者”。
イジェギュPDは2003年、演出デビュー作「茶母」で一気にスターPDの班列に立ち上がった。既存には見られなかった早いテンポと派手な映像のフュージョン史劇「茶母」は、若い視聴者たちの熱狂的支持を導き出し、MBCを出てキムジョンハクプロダクションへと席を移して作った「ファッション 70s」もSophomore Jinx(二年目のジンクス)を乗り越えて好評を博した。
“次世代のドラマ演出者の中で最高の潜在力を持つ”という期待と “「茶母」が負担になることと商業主義の落とし穴を乗り越えたら、更に良い作品を作ることが出来るのではないか”という憂慮の混ざった視線を同時に受けている彼は、現在、早ければ来年初めの放映を目標に、16部作程のミニシリーズ2編を構想している。既存の医療集団から捨てられたり、飛び出した医者たちが集まり、病と社会に挑戦する話と「SEX AND THE CITY」の男性版のようなスタイルで、男たちの性倫理に対するドラマを構想中だという。 彼は「シチュエーションドラマとミニシリーズを混合させた形式でシーズン制作を考えていて、作品のクォリティの為に、出来れば70%以上を事前制作したい。」と話した。

[magazinet]2006-06-01
http://www.magazinet.co.kr/Articles/article_view.php?mm=012001001&article_id=38910
posted by rika1999 at 12:20| ■TOPICS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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