2006年11月11日

【我が人生のドラマ】「白い巨塔」/イジェギュ

不惑の入り口で疾風怒涛の時期に私を送り返したドラマ

「白い巨搭」日本・フジTV・2003〜2004年


S0000021_drama_1011_01[W555-].jpg多分、その日も限りない怠惰の沼に陥り、彷徨っていたようだ。事務室の机に座り、空想の翼をサーッと広げ、あらゆるがらくたサイトをすべて歩き回ったところだったと思う。十何時間そうしていると、眠気が襲って来て、いつまでもうんざりするとは思わなかった ‘怠惰な時間’がうんざりするように感じられると… 突然不安感が襲撃して来た。時計は0時になっていたが、準備するドラマの為にその日一日、何もしていなかった。 窮屈になった。すべきことをきちんと書いておいたメモ帳を、訳もなく開いたり折ったり繰り返してから、読もうと積んであったシナリオと台本を開いておいてショーをして、結局、「そうだ! ドラマ一つでも見て、家に帰ろう。」と、一ヶ月前からリストを作っておいた医学ドラマの中から一つを見る事にした。

長考の挙句、明手を置く

参照で言うなら、あの時私は医学関連ドラマを準備しており、絶対守ることは出来ないが、私の必読感想リストには「Grey's Anatomy」「総合病院」「ER」「救命病棟 24時」「House」「Dr.コトー診療所」「Nip/Tuck」「ハンドク」「白い巨搭」「Scrubs」「Medical Investigation」「医龍」「ブラックジャックによろしく」等々がバラエティに網羅されていた。長考の挙句、その中でまともにうんざりするような「白い巨搭」という日本ドラマを選んだ。益体ない仕事で一日を飛ばしてしまった償いをする意味で。しかしその日私は、陽がまた昇る時まで、家に帰ることが出来なかった。 そして翌日、目を開いて以後、私の人生が少し変わってしまった。

山崎豊子という記者出身の日本の作家が69年に筆を執った「白い巨搭」は、フジTV 開国 45周年ドラマとして制作され、2003年末から2004年初めまで、2期にわたって放送された。MBCがドラマ「東医宝監」を「許浚」として再び作って、より大きい反響を起こしたように、「白い巨搭」もまた、1978年に31部作で放送した作品をリメイクし、21部作で再び作ったのだ。準備中のドラマの為にお会いしたパクギヒョン・アジア医療院長のお話によれば、原作小説「白い巨搭」は、今日の大学病院の現職老教授たちが青年時代に読んで惚れ込んだ本だそうだ。問題の作品は、組職社会の不健全な力学構図とその矛盾に対して話している。そして小説が発表された当時、日本の社会が悩んだその矛盾は、40年が過ぎる現在まで、日本と我がの生の中に癌のように広がっている。 日本は診断を早く受けて坑癌治療を今もなお受けるというが、私たちはまだまともに診断一度も受けなかったようだ。 これは話になるか?毎月出す健康保険料がいくらになるか…。シ〜ッ

ぼんやりと夜を明かすようにしたドラマ

とにかく、演出者として「白い巨搭」は死ぬ前に一度作ることさえ出来たら、今すぐ死んでも心残りがなさそうなドラマだった。 愛よりは生と日常に比重を置いたドラマだったし、 我々のドラマでは夢にも見られないが、キャラクター的反主人公がツルギー(turgie/創作技法)的主人公になるドラマであるからか、善と悪に対する比較を絶えずしており、 緊張と気だるさを絶妙に混ぜ合わせた構成だった。それに、以前まであまり注目されることが出来なかった俳優たちが渾身の演技を繰り広げていたし、今日の我々のドラマでミジャンセン(舞台の上での登場人物の配置や役目、舞台装置、照明などに関する総体的な計画)というのは探して見難いが、一体この演出者はビデオ・オーディオ的ミジャンセンを絶えず試み、永遠なBest Selling素材という医療、法廷、捜査三種の中から二つを絶妙に結合しており、 ほとんど全てのキャラクターが、21世紀の韓国の病院、あるいは家の前の路頭で会える人々のようだったからだ。 それでその日私は、アレ、アレ〜と言って、うっかり夜を明かしてしまった。

あぁ〜そのまま楽に生き、死ぬように放っておくだろう

私は、財前五郎だろうか、里見脩二だろうか? 私の生の姿は甚だしく中途半端なちゃんぽんだった。どちらか一方に手を挙げることが出来ないのと同じだった。それに私は、その人々みたいな英雄的な生を生きることも出来ない。どのように生きて行かなければならないのか?私の妻はどういう考えで、私をどのように眺めているのか?私の父は?私の舅は? 最後まで私を信じてくれ、愛してくれると信じるうちの母は?そして私の子供達は…?ドラマを見る人の立場で、このようにいろいろな考えが入ったドラマは初めてだ。それで、その日以後、私は頭の中が複雑になり、人生が違ったように見え始めてしまった。

出世欲と野望の持ち主財前が夢見る生と、患者を治癒することだけに全力を尽くす里見が夢見る生にどのような差があるのか、財前が成したことと里見が成したことに、どのような差があるのかどうかを何度もじっくり考えてみると、私も私たちが眺めて残さなければならないことが何なのか、もう一度考えるようになるようだ。あぁ〜そのまま楽に生き、死ぬように放っておくだろう、不惑が目の前に見えるのに、どうして疾風怒涛の時期に、再び私を投げてしまったのか…。
「白い巨搭」が悔しい。
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[magazinet]2006-10-11 11:03
http://www.magazinet.co.kr/Articles/article_view.php?article_id=41918&page=2&mm=013001005
posted by rika1999 at 17:41| ■TOPICS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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